はじめに
心療内科で用いられる一般的な治療は、心にアプローチする心理療法です。
一方、身体にアプローチするヨガは、健康な人たちの心身の健康づくりのために用いられますが、心療内科のセラピーとしても用いることがあります。
この記事では、ヨガのやり方(ポーズ・呼吸法・瞑想)と効果と危険性について科学的な根拠(エビデンス)をもとに心療内科医がわかりやすく説明します。
ヨガとは(ヨガの歴史と種類)
ヨガとは
ヨガは、もともとは宗教の修行法でした。
現代では、独特の身体的ポーズ、呼吸法、瞑想の3つを組み合わせて行うことによって、身体を強化し、心を安定させることを目的としたエクササイズの一つになっています。
ヨガの歴史
ヨガは、紀元前300年頃に宗教的な修行法として古代インドで生まれ、変化してきました。
11世紀にはヨガの一流派であるハタヨガの発展とともに、ポーズ(アーサナ)が強調されるようになりました。
20 世紀前半にアメリカに広がり、西洋や日本でも実践されるようになりました。
現在行われているヨガの多くは、宗教的要素を排除した形で心身の健康増進を目的として行われています。
ヨガの種類(流派)
ヨガには、さまざまな種類(流派)のヨガがあります。
ヨガの歴史で紹介したヨガの一流派であるハタヨガは、身体的なポーズと呼吸法に重点を置いたヨガです。
そのほかにも独自の言葉(マントラ)を唱えるクンダリーニヨガや瞑想によるヨガであるラージャヨガなどの種類(流派)があります。
ヨガのやり方(ポーズ、呼吸法、瞑想)
ヨガのポーズの種類(礼拝やムドラーを含む)
ヨガには鷲(わし)のポーズ、鳩(はと)のポーズ、しかばねのポーズなど数多くのポーズ(アーサナ)があります。
難しいポーズもありますが、基本的なポーズは無理のないストレッチに相当します。
主なヨガのポーズを以下に示します。
- 鷲(わし)のポーズ
- 鳩(はと)のポーズ
- しかばねのポーズ
- ダイヤモンドのポーズ(正座)
- 猫のポーズ
- ねじりのポーズ
- アンテナのポーズ
- 仰向けのダイヤモンドのポーズ
- 合掌のポーズ
これらのポーズを組み合わせて行う礼拝やムドラーというものがあります。
それぞれの礼拝やムドラーで行うポーズは決まっていて、それらのポーズを決まった順番で行います。
主な礼拝を以下に示します。
- 太陽礼拝
- 月礼拝
- 大地礼拝
- 飛天の礼拝
- 五体投地の礼拝
- 牛の王者の礼拝
- 星の王者の礼拝
主なムドラーを以下に示します。
- ねどこのムドラー
- 樹のムドラー
- ねじりのムドラー
- 鹿のムドラー
ヨガの呼吸法(呼吸法の種類)
呼吸法(プラーナーヤーマ)は、一般的には、ゆっくりと深い腹式呼吸を行うこと(毎分約6回)とされています。
主なヨガの呼吸法の種類を以下に示します。
- 勝利の呼吸法
- 蜂の音の呼吸法
- 水の呼吸法
- 火の呼吸法(クンダリーニヨガでよく用いられる呼吸法)
- 片鼻呼吸法
ヨガの瞑想
ヨガで用いる瞑想は、判断や評価をしないで今現在に注意を向けることによって生じる意識として定義されるマインドフルネスに似ています。
瞑想する場所は、できれば静かな環境で行いましょう!
姿勢は、あぐらに似た姿勢である安楽座が基本です。
安楽座のポーズができない場合には、立ったままの山のポーズで行います。
安楽座でも山のポーズでも、背中が丸まらないように背筋を伸ばして行いましょう!
瞑想する時の呼吸は自分のやりやすいペースで行います
鼻から吸って鼻からはいて行います。
ヨガの瞑想では目を閉じて行うことが推奨されていますが、目を閉じた瞑想には危険性を伴うため、一人で行う場合には目を少しだけ開けて行うようにしてください。
ヨガの効果(メリット)
ヨガを医療やメンタルヘルスの分野に取り入れたものをヨガセラピーといいます。
ここではヨガは、ヨガセラピーを含むものとして書いています。
また、ヨガは病気の予防やセルフコントロールの手段としても用いられています。
ヨガによる睡眠の改善効果
ヨガの効果(メリット)の一つには、睡眠の改善があります。
1832人(19の研究)の参加者の女性を対象としたメタ解析(多くの研究結果を統合した解析)では、ヨガによって睡眠が改善する効果が報告されています(BMC Psychiatry. 2020 May 1;20(1):195)
私自身がヨガを行った効果(ヨガを始めて変わったこと)としては、睡眠の質が改善して、朝もすっきり起きれるようになりました。
もちろん、過去の報告でも全員に効果が出ているわけではありませんので、「ヨガには効果がない」と感じる人がいると思います。
そのような人には、マインドフルネスや自律訓練法などを試してみてください。
ヨガによるメンタルヘルス(心の健康状態)や疲労の改善効果
ヨガでは不安や抑うつなどのメンタルヘルス(心の健康状態)の改善効果が示されています。
メタアナリシスでは、ヨガは不安の治療に有望であることが示されています(J Evid Based Med, 2016)。
健康な人に対して、ヨガをやったことがない人が簡単なヨガ(頻度は1日1回)をやり続けた結果、12週間後には気分や不安などが改善した効果が報告されています(Biopsychosoc Med 5:6, 2011)。
また、2年以上ヨガを継続している人たちの不安や怒りや疲労の程度が、ヨガをやっていない人と比較して小さいことが示されています。
ヨガによるストレスや生活の質(QOL)の改善効果
ヨガではストレスの軽減効果が示されています。
ストレスを感じている人たちを対象とした研究では、10週間ヨガを行うことによってストレスが軽減することが示されています(Complement Ther Med 15:77-83, 2007)。
また、ヨガは、マインドフルネス認知療法(マインドフルネスと認知療法の組み合わせ)や認知行動療法と同様にQOL(生活の質:Quality of Life)を改善することが示されています(BMC Complement Altern Med 18:80, 2018)。
ヨガによる痛み(腰痛など)の改善効果
2012年のメタアナリシスでは、ヨガは痛みに対して効果的であることが示されています(J Pain 13:1-9, 2012)。
2022年のメタアナリシスでは、ヨガによって短期的にも長期的にも腰痛が改善することが示されています(Pain. 163:e504-517, 2022)。
線維筋痛症(身体の広い範囲に痛みが続く病気)の患者さんでは、8週間のヨガによって痛みが改善し、3ヶ月後もその改善効果は持続し、ヨガをより多くの練習した人は、改善の度合いも大きかったことが報告されています(Clin J Pain 28:804-813, 2012)。
ヨガによる高血圧の改善効果
高血圧の患者さんに対するヨガの効果についてのメタアナリシスでは、平均して収縮期血圧を5 mm、拡張期血圧4 mmを下げることが報告されています(J Altern Complement Med 23:685-695, 2017)。
また、その血圧の改善効果は、60歳未満の患者でより大きいことが報告されています。
ヨガを体験した感想(自宅で無料でできるヨガ)
私が行ったヨガは、自宅(おうち)で行ったヨガです。
NHKで放映されていたヨガの番組を見ながらヨガを行いました(放映された番組を録画すれば無料でできましたが、私はその番組のDVDを購入しました)。
その時より前にはヨガを行ったことがありませんでしたが、そのDVDを見ながら、いくつかのポーズ、呼吸法、礼拝、ムドラーを寝る前に行いました。
すると、その日の夜からよく眠れるようになりました。
毎日ヨガをした結果、眠れないという日がなくなり、寝床にはいると1分以内に寝落ちするようになり、安眠・熟眠を得られるようになりました。
ヨガが脳、自律神経・免疫・内分泌ホルモンに及ぼす影響
ヨガが脳や自律神経に及ぼす影響
ヨガの構成要素の一つである瞑想を行ってきた人たちの脳の大きさを調べたメタ解析(多くの研究結果を統合した解析)では、脳の中の前帯状皮質や島皮質と呼ばれる場所が大きいことが示されています(Neurosci Biobehav Rev 43:48-73, 2014)。
前帯状皮質や島皮質は、心や体の症状に関係する重要な脳の部位です。
また、慢性疲労の患者さんに対してヨガを行うことによって副交感神経(リラックスしている時に活動する自律神経)の活動が増えることが示されています(Biopsychosoc Med 12:3, 2018.)。
ヨガが免疫(体の炎症)に及ぼす影響
ヨガは、炎症を低下させることが報告されています(PLoS One 9:e100903, 2014)。
また、長期間ストレスにさらされることによって誘導される炎症反応を減らすことも示されています(Front Immunol 8:670, 2017)。
ヨガセラピーが内分泌ホルモンに及ぼす影響
慢性疲労の患者さんや乳がんの患者さんに対してヨガを行うことで、血液やだ液の中にあるコルチゾール(副腎皮質から放出されるホルモンの一部で、ストレスによて放出される内分泌ホルモン)が低下することが報告されています(Biopsychosoc Med 12:3, 2018、J Am Acad Nurse Pract 23:135-142, 2011)。
ヨガの危険性(日米の有害事象、マタニティヨガの禁忌ポーズなど)
アメリカの調査では、ヨガを実践した人たちの0.6%が、練習の中止につながった有害事象(好ましくないできごと。ただし、因果関係が不明なものも含まれる)を報告し、0.2%は医師の診察を必要とし、0.01%は救急科を受診したことが報告されています(Orthop J Sports Med 4:2325967116671703, 2016)。
ヨガによる有害事象の頻度は、ほかの同じレベルの運動の有害事象の頻度と差がありませんでした。
しかし、高齢者や病気やけがの人に有害事象が多いことが報告されているため、高齢者や病気やけがの人がヨガを始める場合には注意が必要です。
日本の調査では、1回のヨガ教室の練習において有害事象を報告した人の割合は28%でした(ストレス関連疾患に対するヨガ利用ガイド医療従事者用(第2版))。
筋肉痛、関節痛、ふらつき、しびれ、気が遠くなること、頭が重い感じ、せき、鼻づまり、鼻水の症状が多くみられました。
有害事象を訴えた者の64%は軽いものでしたが、有害事象を訴えた人の2%(全体の0.6%)では、痛み、目の前が急に暗くなること、せき、ふらつき、気分不良のため、練習を中止したことが報告されています。
また、瞑想を行う場合には、健常者でも幻聴や幻覚を生じることがあるため、注意が必要です。
そのほかに、妊婦ではお腹を圧迫するようなポーズは避けましょう!
お腹を圧迫するようなポーズは、妊婦が行うマタニティヨガの禁忌(していけないこと)のポーズになります。
おわりに
ヨガを行うことによって、心と身体がリラックスできる効果が認められます。
ヨガの3つの構成要素(決まった姿勢を取ること、呼吸を調整すること、雑念にとらわれないこと)は、自分の身体を感じ、呼吸に意識を向けて、自律神経のバランスを整え、思考の反すう(何度も長い間繰り返し考えること)を減らすことで、脳内の状態を落ち着かせることができると考えられます。
ヨガを行うことで、内省(過去の出来事を客観的に振り返って、自分自身を見つめること)しやすい状態となって、自分自身と向き合うことができるため、気づきや洞察が得られることも少なくありません。
ヨガを行っていると、小さい頃からの親との関係が、今の人間関係に影響していること(人生に影響を与えているメッセージ(禁止令)の分析【脚本分析】の記事を参照してください)に気づくきっかけになったりします。