【心療内科医が解説】認知療法で考え方を変える|自動思考記録表の書き方とコツ
心療内科医カズ
はじめに:「気持ち」は変えられないが「考え」は整えられる
「不安で眠れない」「同僚の一言が頭から離れない」「失敗したことを何度も思い出して落ち込む」。心療内科の診察室で、こうした訴えを聴くことは日常的です。
不快な感情が続いているとき、それを直接コントロールしようとしても、なかなかうまくいきません。「不安にならないようにしよう」と思えば思うほど、かえって不安が強まる経験は、誰にでも覚えがあると思います。
ここで役に立つことがあるのが、「感情そのものを無理に消そうとするのではなく、感情に関わっている考え、つまり思考のほうに目を向ける」というアプローチです。これは認知療法・認知行動療法 (CBT) で用いられる重要な考え方の一つで、CBT全体としては、抑うつ症状、各種不安症、PTSDなどに対する有効性が多くの研究レビューで支持されています[1][2]。ただし、CBTは認知への働きかけだけでなく、行動活性化、曝露、行動実験なども含む幅広い治療法です。
この記事では、認知療法の中核技法である自動思考記録表 (Thought Record) の書き方を、ステップ・バイ・ステップで解説します。完璧に書けなくても大丈夫です。自分に合う形で続けることで、自動思考に気づきやすくなったり、感情との距離を取りやすくなったりすることがあります。
この記事の位置づけ:本記事は、認知療法・認知行動療法における自動思考記録表の書き方について、心療内科の臨床経験をもとに解説するものです。本記事はセルフケアの参考として用意されており、特定の疾患の診断・治療に代わるものではありません。抑うつ気分が続く、希死念慮がある、日常生活に支障が出ているなどの場合は、医療機関や心理職へのご相談をお勧めします。
なぜ「考え方を変える」ことが感情に効くのか
状況→考え→感情、という流れ
私たちはふだん、「ある出来事が起こった → 不快な感情が生まれた」という単純なつながりで体験しています。しかし、認知療法では、その間に自動思考 (automatic thoughts) という瞬間的な認知が挟まれていると考えます。
状況 → 自動思考 → 感情・身体反応・行動
たとえば、同僚が無表情で「おはよう」を返してきたという同じ状況に対して、
- Aさんの自動思考:「嫌われてしまったのかも」 → 不安・悲しみ
- Bさんの自動思考:「あいさつくらい、ちゃんとしろよ」 → 怒り・嫌悪感
- Cさんの自動思考:「何か疲れているのかな」 → 心配・気遣い
同じ出来事でも、自動思考の内容によって、感じる感情は異なることがあります。つまり、感情を整える方法の一つとして、感情そのものを無理に抑え込むのではなく、自動思考を見直すことが役立つ場合があります。
「ポジティブ思考」とは違う
認知療法でしばしば誤解されるのが、「無理にポジティブに考え直す」というイメージです。これは正確ではありません。
認知療法が目指すのは、現実的で柔軟な考え方 (適応的思考) であって、無理に明るく解釈することではありません。ネガティブな状況をポジティブに塗り替えるのではなく、証拠を踏まえながら、より現実的で柔軟な見方を探すのが目的です[3]。
自動思考記録表の書き方:5つのステップ
Step 1. 状況を書き出す
不快な感情が出てきた時の状況を、できるだけ具体的に書き出します。
- いつ
- どこで
- 誰と
- 何をしていて
- 何が起きたか
例:「火曜日の朝、出社直後、廊下で同僚のAさんに『おはよう』と声をかけたら、無表情で『あ、おはよう』と返された」
抽象的に「人間関係で嫌な思いをした」と書くより、具体的な状況のほうが、次のステップが書きやすくなります。
Step 2. 感情を書き出して、強さを点数化する
その状況で出てきた感情を、できるだけ単語で書き出します。
主なネガティブ感情の例:
- 不安、恐怖
- 怒り、イライラ、嫌悪感
- 悲しみ、寂しさ
- 罪悪感、恥
- 無力感、絶望
それぞれの感情について、「全くない=0」「想像できる最大=100」として、現在の強さを点数化します。
例:不安 (80)、悲しみ (60)
「いつも不安が続いている」と感じている方でも、点数化してみると日や場面で変動していることに気づきます。これ自体が、自分の感情を観察する力 (メタ認知) を育てる練習になります。
Step 3. 自動思考を書き出す
その状況で「パッと頭に浮かんだ考え」をそのまま書き出します。論理的に整理されている必要はありません。
例:
- 「嫌われてしまったかも」
- 「自分が何か悪いことをしたのかも」
- 「これからもずっと避けられるかも」
自動思考の特徴は、速い・繰り返す・気づきにくいことです。書き出すこと自体が、それを「外から見られる対象」に変える作業になります。
Step 4. 状況を「考え直す」
ここがもっとも重要なステップです。同じ状況を、いったん自分の感情から離れて、複数の視点から見直してみます。
「考え直し」を助ける問いの例:
- 第三者の視点:もし家族や信頼できる友人がこの状況を見ていたら、どう解釈するだろうか?
- 相手の視点:相手の側から見たら、何が起きていた可能性があるか?
- 過去の経験:似たような状況で、別の解釈が後から見つかったことはないか?
- 証拠の検討:「嫌われた」という解釈を支持する証拠と、しない証拠は、それぞれ何があるか?
- 時間のスケール:1か月後、1年後にこの出来事をどう見るだろうか?
自動思考を「間違い」として否定するのではなく、「他にも複数の解釈が成り立ちうる」と並べてみるのが要点です。
Step 5. 適応的思考を書き出して、感情の変化を点数化する
考え直した結果として、証拠に照らしてより現実的で、少し柔軟に受け止められる解釈、つまり適応的思考を書き出します。
例:
- 「Aさんは何か落ち込むことがあったのかもしれない」
- 「単に寝不足で疲れていただけかもしれない」
- 「『嫌われた』という解釈を支える証拠は、実はそれほど多くない」
そして、適応的思考を踏まえたあとで、最初に書いた感情の強さがどう変化したかを再度点数化します。
例:不安 80→60、悲しみ 60→30
これらをまとめると、自動思考記録表の完成です。
自動思考記録表のフォーマット例
| 状況 | 感情 (強さ) | 自動思考 | 適応的思考 | 結果 (感情の強さ) |
|---|---|---|---|---|
| 火曜日朝、廊下で同僚に『おはよう』と声かけたら、無表情でそっけなく返された | 不安 (80)、悲しみ (60) | 嫌われてしまったかも | 何か落ち込むことがあったのかも/寝不足で疲れていたのかも | 不安 (60)、悲しみ (30) |
紙のノートでも、スマホのメモでも、表計算ソフトでも構いません。続けやすい形式を選んでください。
つまずきやすいポイントと対処
ポイント1:感情があまり下がらない
「適応的思考を書いても、感情の強さがあまり変わらない」。これは初期にはよくあることです。
最初のうちは、80→60、60→30のように大きく変わらなくても問題ありません。80→78、60→58のような小さな変化でも、「別の見方を検討できた」という点に意味があります。
ただし、1回ごとの自動思考記録で必ず感情の点数が下がるわけではありません。練習を重ねることで自動思考に気づきやすくなることはありますが、「数週間続けると下がり幅が大きくなる」と一律に言い切れるわけではなく、効果の出方には個人差があります。
ポイント2:「考え直す」が苦しい
考え直すこと自体が、すでに頭の容量を使う作業です。疲労が強いとき、抑うつ気分が深いときは、無理に取り組むとかえって自分を責める結果になります。
そんなときは、
- まずStep 1〜3まで (状況・感情・自動思考の書き出し) で止めても良い
- 状況によっては、つらい体験や感情を言葉にして書き出すこと自体が、気持ちを整理する助けになる場合があります。ただし、筆記開示は自動思考記録表とは別の介入であり、効果の大きさや合う・合わないには個人差があります[5]
- 余裕が出てきてから Step 4・5 に取り組む
無理せず、続けやすい形を見つけてください。
ポイント3:「ポジティブな解釈が見つからない」
これは多くの場合、無理にポジティブに変えようとしているサインです。前述のとおり、認知療法の目的は現実的で柔軟な再解釈であり、ポジティブ変換ではありません。
「嫌われたかも → 大丈夫、好かれている」ではなく、「嫌われたかも → 嫌われた可能性も、そうでない可能性も両方ある。今の情報では確定できない」のように、両側を並べて保留するだけで十分です。
ポイント4:書く時間が取れない
「忙しくて毎日書けない」という方には、
- 1日1件、寝る前の3分間だけ
- 強い感情が出たときだけ
- 1週間に1〜2件のペースから始める
など、ハードルを下げる工夫が役立ちます。完璧に毎日書く必要はありません。
どのくらい続ければ効果が見えるか
認知療法の効果は、短期間で感じられることもあれば、数か月かかることもあります。以下は研究で一律に保証された期間ではなく、あくまで臨床的な目安です。
- 2〜4週間:自分の自動思考のクセに気づく場面が増えることがある
- 1〜2か月:状況によっては、感情の点数が少し下がる場面が出てくることがある
- 3か月以降:以前よりも柔軟な見方が浮かびやすくなることがある
これらは個人差が大きく、現在の状態、抑うつや不安の程度、生活ストレスの量、睡眠状態、サポート体制の有無によっても変わります。
なお、自動思考記録表はセルフケアの一部であり、症状が重い場合や希死念慮がある場合は、単独での自己実施に頼るのではなく、医療機関や心理職に相談することが重要です。CBTには個人療法、集団療法、ガイド付きセルフヘルプなど複数の実施形式があり、それぞれ有効性が検討されています[6]。ただし、つらさが強い場合には、安全面や継続のしやすさの点からも、専門家のサポートを受けながら取り組むことが望ましいです。
まとめ
- 感情を直接消そうとするのは難しいことが多いが、感情に関わっている自動思考に気づき、見直すことで、結果として感情を整えやすくなる場合がある
- 自動思考記録表は、状況→感情→自動思考→適応的思考→結果の5列で構成される
- 「考え直す」とは、ポジティブに塗り替えることではなく、複数の解釈を並べて現実的なバランスを取ること
- 効果の出方には個人差があり、数週間〜数か月かけて少しずつ変化に気づく人もいる
- 重い症状、長期的な不調、希死念慮がある場合は、自己実施だけに頼らず、医療機関や心理職に相談することが重要
考え方を変えるとは、自分の感じ方を否定することではありません。自分の中にあるたくさんの可能性のうち、いま自分に必要な見方を、自分で選び直していく作業です。今日、ひとつの自動思考から、書き始めてみてください。
参考文献
[1] Beck, J. S. (2021). Cognitive Behavior Therapy: Basics and Beyond (3rd ed.). Guilford Press.
[2] Hofmann, S. G., Asnaani, A., Vonk, I. J. J., Sawyer, A. T., & Fang, A. (2012). The efficacy of cognitive behavioral therapy: A review of meta-analyses. Cognitive Therapy and Research, 36(5), 427–440.
[3] Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., & Emery, G. (1979). Cognitive Therapy of Depression. Guilford Press.
[4] Cuijpers, P., Noma, H., Karyotaki, E., Cipriani, A., & Furukawa, T. A. (2020). A network meta-analysis of the effects of psychotherapies, pharmacotherapies and their combination in the treatment of adult depression. World Psychiatry, 19(1), 92–107.
[5] Frattaroli, J. (2006). Experimental disclosure and its moderators: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 132(6), 823–865.
[6] Cuijpers, P., Noma, H., Karyotaki, E., Cipriani, A., & Furukawa, T. A. (2019). Effectiveness and acceptability of cognitive behavior therapy delivery formats in adults with depression: A network meta-analysis. JAMA Psychiatry, 76(7), 700–707.
免責事項:本記事は心療内科の臨床経験と認知療法・認知行動療法に関する公開された知見をもとにした解説であり、特定の疾患の診断・治療を目的とするものではありません。抑うつ気分や不安が日常生活に支障をきたしている場合、希死念慮を伴う場合は、医療機関や心理職へのご相談をお勧めします。
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