【心療内科医が解説】「相手の立場に立って考える」を本当に実践する方法|視点取得(パースペクティブ・テイキング)
心療内科医カズ
はじめに:「自分が相手なら」では、相手の立場に立っていない
「相手の立場に立って考えなさい」という言葉は、子どもの頃から繰り返し聞いてきた、対人関係の基本的な助言です。多くの方は、大人になっても折に触れて実践しているつもりだと思います。
しかし心療内科の臨床では、対人関係のストレスを抱える方の語りを聞くなかで、ある共通点に気づきます。「相手の立場に立った」と感じている瞬間でも、実は自分の考え方や価値観のまま、頭の中で立ち位置だけを入れ替えていることが多いのです。
たとえば、「自分が相手の立場だったら、そんなことは言わないし、しないのに」と感じてイライラしたことはないでしょうか。これは相手の立場に立てているのではなく、「自分の価値観を相手の場所に持ち込んだ」状態です。相手は相手の考えと価値観に従って動いており、私たちと同じ前提では動いていません。
この記事では、「相手の立場に立って考える」(心理学的には視点取得 / パースペクティブ・テイキング)とは何か、その難しさの理由、そして実践するための具体的な方法について、心療内科の臨床的視点と心理学的研究を踏まえて解説します。
この記事の位置づけ:本記事は対人関係のストレスを軽減するためのセルフケア技法について、心療内科の臨床経験と心理学的研究をもとに解説するものです。特定の疾患の診断・治療を目的としたものではありません。対人関係の困難が日常生活に支障をきたしている場合は、医療機関や専門家にご相談ください。
「視点取得」とは何か:心理学からの整理
定義
視点取得(perspective-taking)は、心理学において、他者の立場や視点から物事を捉えようとする認知的な働きを指します。代表的な尺度である対人反応性指標(Interpersonal Reactivity Index)では、視点取得は「他者の心理的な視点を自発的に採用しようとする傾向」として扱われています[1]。また、視点取得はステレオタイプや内集団びいきの低減に関係することも示されています[2]。
視点取得の3側面
視点取得は研究領域によって分類が異なりますが、臨床や対人関係の理解に役立つ整理としては、おおまかに次の3つの側面に分けられます。
| 側面 | 内容 |
|---|---|
| 空間的視点取得 | 物理的にどう見えているかを推測する(例:相手の位置から景色がどう見えるか) |
| 認知的視点取得 | 相手が何を知っているか、どう考えているかを推測する |
| 感情的視点取得 | 相手が何を感じているかを推測する(共感に近い) |
対人関係のストレスに関係するのは主に認知的視点取得と感情的視点取得です。
「自分の価値観で考える」と「相手の価値観で考える」の違い
「相手の立場に立って考える」には、構造的に異なる2つのモードがあります。
- モードA:自分の価値観のまま、立ち位置だけ相手に置き換える(”If I were them”)
- モードB:相手の考え方や価値観を想像したうえで、相手の中で物事を理解する(”If I were them with their values and history”)
研究では、私たちが他者の視点を推測するとき、自分自身の知識・感情・価値観を出発点にして、そこから調整する傾向があることが示されています[3][4]。そのため、「相手の立場に立ったつもり」でも、実際には自分の前提を相手に投影していることがあります。
ただし、相手の価値観や背景を想像するだけで、必ず相手を正確に理解できるわけではありません。相手の心をより正確に理解するには、想像だけで完結させず、可能であれば本人に確認すること、つまり「視点を取る」だけでなく「視点を尋ねる」ことが重要です[5]。
「自分がされて嫌なことは相手にしない」の限界
道徳的な助言として広く知られる「自分がされて嫌なことは相手にしない」という指針も、視点取得の観点では限界があります。自分が嫌だと感じることと、相手が嫌だと感じることは同じではないからです。
たとえば、ある人にとっては「気を遣ってこちらの仕事を引き取ってくれる」のが助けですが、別の人にとっては「自分の仕事の領域を侵された」と感じる行為にもなり得ます。本当の意味で相手の立場に立つには、相手の前提を想像する作業が不可欠です。
視点取得が対人関係にもたらす6つのメリット
1. 相手のことを理解し、共感できる
相手の考え方や価値観を想像することで、感情的な反応の前に「なぜそう感じるのか」が見えてきます。これが共感の土台になります。
2. コミュニケーションがスムーズになる
相手の前提を踏まえた発言ができるため、すれ違いが減り、会話が双方向に進むようになります。
3. 相手によい印象を与えられる
「自分のことをわかろうとしてくれている」と感じる相手には、人は安心感を抱きやすくなります。視点取得は、相手にとって話しやすい対話相手になるための土台になります。ただし、交渉場面の研究では、視点取得と共感は異なる効果を持つことも示されており、相手を理解しようとすることが常に同じ結果を生むわけではありません[6]。
4. 相手との心理的距離が縮まる
理解されたという感覚は、関係の親密さを高める重要な要素です。長期的な信頼関係の構築につながります。
5. 相手の意見や要求を正確に把握できる
相手が表面的に伝える言葉だけでなく、その背後にある意図や前提を読み取れるようになります。
6. 意見や要求の違いについて、折り合いをつけやすくなる
互いの違いを「正しい・間違っている」ではなく「立っている場所の違い」として理解できると、調整の幅が広がります。
視点取得が難しい理由
「相手の考えを正確には把握できない」という前提
視点取得が難しい根本的な理由は、他者の心の中身を完全に知ることはできないという事実にあります。私たちが持てるのは常に推察であり、確信ではありません。
さらに、私たちが日常的に行う視点取得には、次のような偏りが入りやすいことが知られています。
- 自己中心的なアンカリング:相手の考えを推測するとき、自分の知識・感情・価値観を出発点にしてしまう[4]
- 知識の呪い:自分が知っていることを、相手も知っているはずだと見積もってしまう[7]
- 投影バイアス・社会的投影:自分の感じ方や考え方を、相手にも当てはめてしまう[8]
- ステレオタイプによる代用:相手個人を見ずに、職業・性別・世代などの属性から推測してしまう[2]
これらは「相手の立場に立っているつもり」のときに、特に作動しやすい偏りです。
強いストレス下では機能しにくい
強いストレスや不安があるとき、他者の心を落ち着いて推測する働きは影響を受けやすくなります。たとえば、愛着関連のストレスが社会的認知に影響することや[9]、睡眠不足が感情的共感などの社会的・情動的処理に影響する可能性が報告されています[10]。
ただし、ストレスや睡眠不足が視点取得に与える影響は、状況・個人差・測定方法によって異なります。「必ず低下する」と考えるよりも、「余裕がないときには相手の視点を想像しにくくなることがある」と理解する方が適切です。
視点取得を実践するための6つの方法
実践方法は、相手と直接コミュニケーションが取れるかどうかで大きく分かれます。
A. 相手とコミュニケーションが取れない場合
会話の機会がない、すでに離れた相手、過去の出来事を振り返る、といった状況では、相手の考えを「想像する」ことが中心になります。
1. 相手と同じ目線で物事を見る
物理的・心理的に、相手が立っている場所から状況を眺めなおす作業です。「相手は今、どんな立場で、どんな責任を負い、どんなプレッシャーの中にいるのか」を一度書き出してみてください。
2. 相手がどういう気持ちでいるのかを想像する
相手の感情について、複数の可能性を並べます。「不安」「焦り」「孤立感」「期待」「諦め」など、自分とは違う感情の選択肢を意識的に挙げてみることが重要です。
3. 相手がどういう行動を取るのかを想像する
その感情の中で、相手は次にどう動くだろうかを予想します。これはコミュニケーションの計画にも役立ちます。
ただし、想像はあくまで仮説です。可能であれば、後述の「コミュニケーションが取れる場合」の方法で確認していくことが望ましいです。
B. 相手とコミュニケーションが取れる場合
直接話せる関係であれば、想像で完結させずに、対話を通じて理解を深めることができます。
4. 相手が話しやすい環境を作る
物理的な静かさだけでなく、心理的な安全性も含みます。否定や批判を急がないこと、急かさないこと、表情と姿勢で「聞く準備」を示すことは、相手が話しやすい雰囲気を作る助けになります。これは、ロジャーズが重視した共感的理解・無条件の肯定的関心・自己一致といった治療的関係の条件とも重なります[11]。
5. 相手に興味を持ち、否定せずに聴く
「興味を持つ」は、技法ではなく姿勢です。あなたが「この人のことをもっと知りたい」と思っていることが、相手に伝わるだけで対話の質は変わります。
具体的には次のような工夫があります。
- 相手の言葉を最後まで聞く(途中で結論を急がない)
- 「それはこういうこと?」と確認の言い換え(リフレクション)を挟む
- 自分の意見や評価を、いったん横に置く
6. 相手が何を考え・感じ・したいのかを理解する
相手の語りから、認知(考え)・感情(気持ち)・意図(やりたいこと)の3つを分けて聴きます。多くの会話では、これらは混ざって語られるので、意識的に分けることで理解の輪郭がはっきりします。
直接質問する場合も、「なぜ?」よりも「どう感じた?」「何を考えていた?」と問うほうが、相手は答えやすく、防衛反応も生じにくくなります。
視点取得を続けると、自分自身に起こる5つの変化
視点取得は相手のためだけの技法ではありません。続けるなかで、自分自身にも次のような変化が現れます。
1. 視野が広がる
世界を見るレンズが、自分のものだけではなくなります。同じ出来事を、別の角度からも捉えられるようになることで、判断の幅が広がります。
2. 自分の感情を冷静に分析できるようになる
「自分はなぜこんなにイラついているのか」を、相手の視点と比較しながら見ることができるようになります。感情の出所が見えると、感情に飲み込まれにくくなります。
3. 自分の感情をコントロールしやすくなる
視点取得や認知的再評価のように、出来事を別の角度から捉え直す方法は、怒りや不安などの感情反応を和らげる助けになることがあります。社会的認知には自己と他者を区別する神経メカニズムが関係しており[12]、感情調整については認知的再評価を含む認知的制御の研究が蓄積されています[13]。
ただし、視点取得そのものが常に感情を抑えるわけではありません。相手の苦痛を強く想像しすぎると、かえって自分の苦痛が高まる場合もあります。そのため、怒りや傷つきが強いときは、まず自分の感情を落ち着かせてから取り組むことが大切です。
4. 共感能力が向上する
繰り返し他者の視点に注意を向ける練習は、共感的な理解を高める助けになる可能性があります。共感トレーニングに関するメタ分析では、一定の介入によって共感が改善し得ることが示されています[14]。また、瞑想やコンパッションに関連する介入が共感・慈悲・向社会的行動に影響する可能性も報告されています[15]。
ただし、共感能力の向上は介入内容や測定方法によって結果が異なるため、「必ず向上する」とは言い切れません。
5. コミュニケーション能力が向上する
相手の前提を踏まえた発信ができるようになり、伝え方の選択肢が増えます。アサーション(自他を尊重した自己表現)の基盤としても機能します。
詳しい技法は「【心療内科医が解説】アサーション|相手を尊重しながら自分を伝える方法」もあわせてご参照ください。
視点取得がうまく働かない場面
自分の感情が強すぎるとき
怒りや傷つきが強い瞬間に、無理に相手の視点に立とうとすると、自分の感情を抑圧する方向に働き、後で反動が来ることがあります。まず自分の感情を認めてから、視点取得に取り組むのが順序としては安全です。
危険な相手に対して
繰り返し攻撃的な言動を受けている関係では、相手を理解しようとし続けることが、自分を傷つけ続けることにつながりかねません。安全の確保が最優先であり、視点取得は安全な関係性の中で機能する技法です。
「正解」を求めすぎるとき
相手の心を完全に理解することは原則として不可能です。視点取得は「正解を当てる」ことではなく、「複数の可能性を視野に入れる」ことです。「わからない部分が残る」ことを許容することが、対話を続ける条件になります。
まとめ:視点取得は「想像」と「対話」の往復で深まる
「相手の立場に立って考える」は、子どもの頃から教えられてきた言葉ですが、本当に実践するには工夫が必要です。
1. 自分の価値観のまま立ち位置を入れ替えるのではなく、相手の考え方や価値観を想像する 2. 「自分が嫌なことは相手にしない」も限界があり、相手の前提を考える必要がある 3. コミュニケーションが取れない場合は想像、取れる場合は対話を通じて理解を深める 4. 続けるうちに、相手だけでなく自分自身にもよい変化が現れる
視点取得は1日で身につく技法ではなく、日常の小さな場面で繰り返し練習することで少しずつ深まります。完璧を目指さず、「相手にも別の視点があるかもしれない」と一拍置くだけでも、対人関係の見え方が変わるきっかけになります。
ただし、視点取得は「相手の気持ちを当てる技術」ではありません。想像はあくまで仮説であり、可能な場合は相手に確認することが重要です。
対人関係のストレスが続いていて自己対処では難しいと感じる場合は、心療内科や心理療法の専門家にご相談ください。
参考文献
[1] Davis, M. H. (1983). Measuring individual differences in empathy: Evidence for a multidimensional approach. Journal of Personality and Social Psychology, 44(1), 113–126.
[2] Galinsky, A. D., & Moskowitz, G. B. (2000). Perspective-taking: Decreasing stereotype expression, stereotype accessibility, and in-group favoritism. Journal of Personality and Social Psychology, 78(4), 708–724.
[3] Batson, C. D., Early, S., & Salvarani, G. (1997). Perspective taking: Imagining how another feels versus imagining how you would feel. Personality and Social Psychology Bulletin, 23(7), 751–758.
[4] Epley, N., Keysar, B., Van Boven, L., & Gilovich, T. (2004). Perspective taking as egocentric anchoring and adjustment. Journal of Personality and Social Psychology, 87(3), 327–339.
[5] Eyal, T., Steffel, M., & Epley, N. (2018). Perspective mistaking: Accurately understanding the mind of another requires getting perspective, not taking perspective. Journal of Personality and Social Psychology, 114(4), 547–571.
[6] Galinsky, A. D., Maddux, W. W., Gilin, D., & White, J. B. (2008). Why it pays to get inside the head of your opponent: The differential effects of perspective taking and empathy in negotiations. Psychological Science, 19(4), 378–384.
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[12] Decety, J., & Lamm, C. (2007). The role of the right temporoparietal junction in social interaction: How low-level computational processes contribute to meta-cognition. The Neuroscientist, 13(6), 580–593.
[13] Ochsner, K. N., & Gross, J. J. (2005). The cognitive control of emotion. Trends in Cognitive Sciences, 9(5), 242–249.
[14] Teding van Berkhout, E., & Malouff, J. M. (2016). The efficacy of empathy training: A meta-analysis of randomized controlled trials. Journal of Counseling Psychology, 63(1), 32–41.
[15] Luberto, C. M., Shinday, N., Song, R., Philpotts, L. L., Park, E. R., Fricchione, G. L., & Yeh, G. Y. (2018). A systematic review and meta-analysis of the effects of meditation on empathy, compassion, and prosocial behaviors. Mindfulness, 9, 708–724.
免責事項:本記事は対人関係のストレスを軽減するためのセルフケア技法について、心療内科の臨床経験と心理学的研究をもとに解説するものであり、特定の疾患の診断・治療を目的とするものではありません。本記事の方法を試しても改善しない場合や、対人関係の困難が日常生活に支障をきたしている場合は、医療機関や専門家にご相談ください。
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