感謝がメンタルヘルスに与える影響|「ありがとう」が心を整える仕組みと実践法
心療内科医カズ
感謝は、心を元気にするのでしょうか
「感謝すると幸せになれる」「毎日、良かったことを3つ書くとよい」と聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
感謝は、お金や特別な道具を必要とせず、日常生活の中で取り入れやすいセルフケアです。一方で、気分が落ち込んでいる人に「もっと感謝したほうがよい」と伝えることは、かえって本人を苦しめる場合があります。
感謝は、つらさを消す魔法ではありません。悲しみや怒りを否定するものでもありません。
それでも、生活の中にすでに存在している小さな支えに気づくことは、疲れた心の視野を少し広げる助けになる可能性があります。
心理学における「感謝」とは
心理学では、感謝は大きく分けて、ある出来事をきっかけに生じる一時的な感情と、日頃から良いことに気づきやすい傾向として捉えられています。
たとえば、誰かに親切にしてもらい、「ありがたい」と感じるのは一時的な感謝です。一方、普段から人の支えや恵まれている点に気づきやすいことは、比較的持続する感謝の傾向といえます。
感謝の習慣とは、日記や手紙などを通して、意識的に「ありがたいと感じた出来事」に注意を向ける練習です。
感謝がメンタルヘルスに与える影響
2023年に発表された、64件のランダム化比較試験をまとめたシステマティックレビューとメタ解析では、感謝を育てる介入を受けた人は、対照群と比較して、感謝の気持ち、生活満足度、メンタルヘルスが改善し、不安や抑うつの症状も軽減する傾向が示されました[1]。
ただし、「感謝すれば劇的に幸福になれる」と解釈するのは適切ではありません。
2025年に発表された、28か国、145件の研究、約2万4,800人を対象とするメタ解析では、感謝の介入によるウェルビーイングの改善効果は、全体としては小さいことが示されています。効果には国や文化による違いも認められました[2]。
以前のメタ解析でも、何もしない対照群と比べると心理的ウェルビーイングは改善しましたが、別の前向きな活動と比較した場合の効果は小さく、不安に対する明確な効果は確認されませんでした[3]。
つまり、感謝は役立つ可能性のあるセルフケアですが、治療の代わりになる万能な方法ではない、というのが現在の研究から読み取れる現実的な結論です。
働く人のストレスや抑うつにも効果があるのか
働く人を対象とした研究のレビューでは、感謝日記などによって、知覚されたストレスや抑うつ症状が改善した研究が報告されています。一方、幸福感や生活満足度への効果は研究によって一致していませんでした[4]。
医療従事者102人を対象としたランダム化比較試験では、仕事の中で感謝した出来事を週2回、4週間記録したグループで、3か月後の抑うつ症状とストレスが対照群より低くなりました[5]。
ただし、働く人を対象としたレビューに含まれた研究は少なく、研究方法にも偏りがあると評価されています。感謝の習慣だけで、長時間労働、人間関係の問題、ハラスメント、不十分な人員配置などの職場環境を解決できるわけではありません。
個人のセルフケアと、環境の改善を混同しないことが大切です。
感謝が心に働くと考えられる仕組み
1.注意の向きを少し調整する
心が疲れているとき、私たちの注意は、失敗、不安、欠けているものに集中しやすくなります。
感謝の習慣は、問題を無視するのではなく、「問題以外に存在しているもの」にも注意を向ける練習です。
「今日は何も良いことがなかった」と思う日でも、「温かい飲み物を飲めた」「予定どおり家に帰れた」「店員さんが丁寧だった」といった出来事はあるかもしれません。
こうした出来事に気づくことによって、物事の見え方が「悪いことだけ」になるのを防ぐ可能性があります。
2.反芻(はんすう)思考から距離を取る
反芻思考とは、過去の失敗や不快な出来事について、答えが出ないまま繰り返し考え続けることです。
インターネットとアプリを利用した感謝の介入を検討した研究では、感謝の練習によって反復的なネガティブ思考が減少し、それが不安や抑うつの変化に関係する可能性が示されました[6]。
感謝によって嫌な考えを追い払うのではありません。一日の中で、苦しい考えとは異なる対象に注意を向ける時間をつくることに意味があります。
3.人とのつながりを再確認する
感謝の対象には、家族、友人、同僚、医療・福祉関係者、地域の人など、他者から受けた支えが含まれます。
誰かの具体的な行動を思い出すことは、「自分は完全に一人ではない」と再確認する機会になります。感謝を言葉で伝えることが、関係性を深めるきっかけになる場合もあります。
ただし、感謝を伝えることが負担になる相手や、安全ではない関係に対して、無理に感謝を表現する必要はありません。
今日からできる感謝のセルフケア
1.「良かったこと」を1つだけ書く
寝る前に、その日に助かったことや、少し良かったことを1つ書きます。
大きな出来事を探す必要はありません。
「雨が降る前に帰れた」
「昼食がおいしかった」
「メールの返事をもらえた」
大切なのは、単に「家族」「健康」と名詞だけを書くのではなく、何が起きて、どのように助かったのかを具体的に書くことです。
2.誰かの小さな行動を思い出す
「誰に感謝しているか」だけでなく、「その人が具体的に何をしてくれたか」を振り返ります。
「忙しい中で話を聞いてくれた」
「ドアを押さえて待ってくれた」
「体調を気遣う言葉をかけてくれた」
本人に伝えてもよいですが、伝えずに自分の中で振り返るだけでも構いません。
3.自分自身にも感謝する
感謝の対象は、他人だけではありません。
「つらかったけれど出勤した」
「断るべきことを断った」
「疲れている自分を休ませた」
自分の努力や選択を認めることも、感謝の練習に含めてよいでしょう。
4.感謝の手紙を書く
これまで助けてくれた人に、何をしてもらい、それが自分にどのような影響を与えたかを書きます。
手紙は渡さなくても構いません。気持ちが自然に湧いてきたときだけ、メールやメッセージで伝える方法もあります。
どのくらい続ければよいのか
最適な回数や頻度について、すべての人に当てはまる答えはありません。
働く人を対象としたレビューでは、感謝を記録した回数が4回以下の研究では明確な変化が確認されず、6回以上行った研究では、少なくとも一部の指標が改善する傾向がありました。ただし、研究数が少なく、これを絶対的な基準にはできません[4]。
毎日書くことが義務になると、かえって負担になります。まずは週に2~3回、1回1~3分程度から始め、自分に合う頻度を探すとよいでしょう。
「感謝できない自分」を責めないでください
感謝の練習で最も避けたいのは、「感謝できない自分はだめだ」と責めることです。
深い悲しみ、強い怒り、喪失、病気、経済的な問題、人間関係の傷つきがあるときには、感謝できないことがあります。それは自然な反応です。
近年のレビューでも、感謝の介入は、誰に、どのタイミングで、どの方法を用いるかによって効果が異なり、すべての人に一律に勧めるべきではないと指摘されています[7]。
悲しみながら、支えてくれる人に感謝することもあります。腹を立てながら、温かい食事をありがたいと感じることもあります。
否定的な感情と感謝は、どちらか一方を選ぶものではありません。両方が同時に存在してもよいのです。
感謝は医療の代わりにはなりません
感謝日記は、抑うつ症や不安症などを単独で治療する方法ではありません。
気分の落ち込みや意欲の低下が長く続いている、眠れない、食欲が大きく変化した、仕事や家事ができない、自分を傷つけたい気持ちがあるといった場合は、感謝の練習だけで対処せず、医療機関や専門家に相談してください。
感謝は、治療かセルフケアかという二者択一ではありません。必要な治療を受けながら、日常生活を支える小さな習慣として取り入れることができます。
まとめ
感謝の習慣には、生活満足度や心理的ウェルビーイングを高め、ストレス、抑うつ、不安を軽減する可能性があります。ただし、研究で確認されている平均的な効果は小さく、個人差や文化差もあります。
大切なのは、無理に前向きになることではありません。
「つらいことがある。その一方で、今日助かったことも1つあった」
その両方を認めることが、心を守る感謝のあり方です。
感謝は、人生の暗い部分を塗りつぶす光ではありません。暗さの中にも、すでに存在している小さな支えを見つけるための明かりなのです。
参考文献
1.Diniz G, Korkes L, Tristão LS, et al. The effects of gratitude interventions: a systematic review and meta-analysis. Einstein (São Paulo). 2023;21:eRW0371.
https://doi.org/10.31744/einstein_journal/2023RW0371
2.Choi H, Cha Y, McCullough ME, Coles NA, Oishi S. A meta-analysis of the effectiveness of gratitude interventions on well-being across cultures. Proceedings of the National Academy of Sciences. 2025;122(28):e2425193122.
https://doi.org/10.1073/pnas.2425193122
3.Davis DE, Choe E, Meyers J, et al. Thankful for the little things: A meta-analysis of gratitude interventions. Journal of Counseling Psychology. 2016;63(1):20-31.
https://doi.org/10.1037/cou0000107
4.Komase Y, Watanabe K, Hori D, et al. Effects of gratitude intervention on mental health and well-being among workers: A systematic review. Journal of Occupational Health. 2021;63(1):e12290.
https://doi.org/10.1002/1348-9585.12290
5.Cheng ST, Tsui PK, Lam JHM. Improving mental health in health care practitioners: Randomized controlled trial of a gratitude intervention. Journal of Consulting and Clinical Psychology. 2015;83(1):177-186.
https://doi.org/10.1037/a0037895
6.Heckendorf H, Lehr D, Ebert DD, Freund H. Efficacy of an internet and app-based gratitude intervention in reducing repetitive negative thinking and mechanisms of change in the intervention’s effect on anxiety and depression: Results from a randomized controlled trial. Behaviour Research and Therapy. 2019;119:103415.
https://doi.org/10.1016/j.brat.2019.103415
7.Huston GE, Law KH, Teague S, et al. Understanding and optimising gratitude interventions: The right methods for the right people at the right time. Psychology & Health. 2025;40(9):1515-1531.
https://doi.org/10.1080/08870446.2024.2336042
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