ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬と認知症リスク|心療内科医がわかりやすく解説
心療内科医カズ
「睡眠薬を飲み続けると認知症になりますか」
心療内科の診察室で、とてもよく聞かれる質問です。
不眠や不安は、本人にとって本当につらい症状です。眠れない夜が続くと、日中の集中力が落ち、仕事や家事にも影響します。不安が強いと、外出や人付き合いが難しくなることもあります。そうした場面で、ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬は、症状を短期間で和らげる力を持っています。
一方で、長く使い続ける場合には、依存、ふらつき、転倒、記憶力低下、せん妄、そして認知症リスクとの関連が問題になります。
この記事では、「ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬は認知症を引き起こすのか」という不安に対して、現在わかっているエビデンスをもとに、できるだけわかりやすく整理します。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬とは何ですか
ベンゾジアゼピン系薬は、脳の興奮をしずめる方向に働く薬です。脳内には、神経の活動を抑えるブレーキ役として GABA という物質があります。ベンゾジアゼピン系薬は、この GABA の働きを助けることで、不安や緊張をやわらげたり、眠りに入りやすくしたりします。
代表的には、抗不安薬として使われる薬、睡眠薬として使われる薬、筋肉の緊張をゆるめる薬などがあります。また、ゾルピデム、ゾピクロン、エスゾピクロンなどのいわゆる「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」も、ベンゾジアゼピン受容体に作用するため、認知機能や転倒リスクを考えるうえでは近いグループとして扱われることがあります。
これらの薬は、適切な場面で短期間使う場合には有用です。しかし、「なんとなく眠れないから」「不安が出るのが怖いから」と長期間続けていると、やめにくくなったり、日中のぼんやり感が強くなったりすることがあります。
認知症リスクについて、研究では何がわかっているのでしょうか
結論から言うと、ベンゾジアゼピン系薬の長期使用と認知症には「関連が示されている研究」が複数あります。ただし、「薬が直接、認知症を引き起こす」と断定できる段階ではありません。
フランスの高齢者を対象にした前向き研究では、ベンゾジアゼピン系薬を新たに使い始めた人で、その後の認知症発症リスクが高い可能性が報告されました[1]。また、別の大規模な症例対照研究では、ベンゾジアゼピン系薬の使用量が多いほどアルツハイマー病との関連が強くなる可能性が示されました[2]。
さらに、複数の研究をまとめたメタ解析でも、ベンゾジアゼピン系薬の使用と認知症リスク上昇との関連が報告されています[3]。こうした研究だけを見ると、「やはり危ないのでは」と感じる方も多いと思います。
しかし、話はそれほど単純ではありません。
一方で、米国の高齢者を対象にした研究では、累積使用量が多い人で明確な認知症リスク上昇が確認されなかったという報告もあります[4]。また、フィンランドの研究では、ベンゾジアゼピン系薬や類似薬とアルツハイマー病との関連は小さいものの認められましたが、背景にある不眠、不安、うつ症状などの影響を慎重に考える必要があるとされています[5]。
つまり、現在の医学的な見方としては、「長期使用は認知機能に悪影響を及ぼす可能性があるため注意が必要です。しかし、認知症の原因だと一言で決めつけることはできません」というのが、最も正確な表現です。
なぜ「認知症との関係」は判断が難しいのでしょうか
ベンゾジアゼピン系薬と認知症の関係を考えるときに、とても重要な点があります。それは、認知症の初期症状として、不眠、不安、抑うつ、焦り、落ち着かなさが出ることがある、ということです。
たとえば、まだ認知症と診断される前の段階で、本人が「最近眠れない」「不安が強い」と感じ、睡眠薬や抗不安薬が処方されることがあります。その後、数年して認知症と診断された場合、見かけ上は「薬を飲んでいた人が認知症になった」ように見えます。
しかし実際には、薬が原因だったのではなく、認知症のごく初期に出ていた不眠や不安に対して薬が使われていた可能性もあります。これを「逆因果」や「前駆症状による影響」と呼びます。
また、不眠や不安そのもの、うつ病、孤独、運動不足、飲酒、生活習慣病なども、認知機能に影響します。そのため、薬だけを切り離して認知症リスクを評価することは簡単ではありません。
それでも長期使用に注意が必要な理由
「認知症との因果関係がはっきりしないなら、飲み続けてもよいのでは」と思う方もいるかもしれません。
しかし、ベンゾジアゼピン系薬の長期使用には、認知症以外にも注意すべきリスクがあります。特に高齢者では、記憶力や注意力の低下、日中の眠気、ふらつき、転倒、骨折、せん妄、自動車事故などが問題になります。
米国老年医学会の Beers Criteria でも、高齢者ではベンゾジアゼピン系薬により認知機能障害、せん妄、転倒、骨折などのリスクが高まるとして、原則として慎重に扱うべき薬に分類されています[6]。
ここで大切なのは、「認知症になるかどうか」だけに注目しすぎないことです。たとえ認知症との関係が完全には証明されていなくても、日々の生活の中で、物忘れが増える、ぼんやりする、転びやすくなる、夜間に混乱する、といった問題が出ることはあります。
特に注意したい人
ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬は、すべての人に同じようなリスクがあるわけではありません。特に注意が必要なのは、高齢の方、複数の薬を飲んでいる方、飲酒習慣がある方、睡眠時無呼吸症候群が疑われる方、転倒歴がある方、すでに物忘れが気になっている方です。
また、薬の量が多い場合、毎日長期間使っている場合、作用時間が長い薬を使っている場合も注意が必要です。作用時間が長い薬は、夜に飲んだ薬の影響が翌日まで残り、日中の眠気や注意力低下につながることがあります。
「急にやめる」のは危険です
ベンゾジアゼピン系薬について調べると、「認知症リスク」「依存」「危険」といった言葉が出てきます。その結果、不安になって自己判断で急に中止してしまう方がいます。
これはおすすめできません。
長く飲んでいた薬を急にやめると、反跳性不眠、不安の悪化、動悸、発汗、手の震え、イライラ、焦燥感などが出ることがあります。まれですが、けいれんなど重い離脱症状が起こることもあります。
ベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬・中止に関する診療ガイドラインでは、特に長期使用の場合、患者さんと相談しながら段階的に減らしていくことが推奨されています[7]。減らし方は人によって異なりますが、一般的には、少しずつ時間をかけて減らすほうが安全です。
大切なのは、「薬をやめること」そのものを目的にしすぎないことです。目的は、よく眠れること、不安に振り回されにくくなること、日中を安全に過ごせること、そして生活の質を守ることです。
不眠には薬以外の治療もあります
不眠症に対しては、薬だけが治療ではありません。慢性的な不眠に対しては、認知行動療法、特に CBT-I と呼ばれる不眠症の認知行動療法が有効とされています。米国内科学会のガイドラインでも、成人の慢性不眠症に対して CBT-I を最初に行う治療として推奨しています[8]。
CBT-I では、単に「早く寝ましょう」「スマホをやめましょう」と言うだけではありません。眠れない時間をベッドで長く過ごしすぎていないか、睡眠への不安が強くなりすぎていないか、昼寝や起床時刻が睡眠リズムを乱していないかなどを確認し、睡眠の仕組みに沿って整えていきます。
睡眠衛生も大切です。ただし、睡眠衛生だけで長年の不眠がすぐに治るわけではありません。寝室環境、光、カフェイン、飲酒、運動、昼寝、起床時刻を整えながら、必要に応じて心理療法や薬物療法を組み合わせることが現実的です。
不安にも薬以外の選択肢があります
不安症状に対しても、ベンゾジアゼピン系薬だけが選択肢ではありません。認知行動療法、呼吸法、マインドフルネス、生活リズムの調整、運動療法などが役立つことがあります。
薬物療法では、症状や診断によって、抗うつ薬の一種である SSRI や SNRI などが選択されることもあります。これらは即効性という点ではベンゾジアゼピン系薬に劣ることがありますが、長期的な不安の治療では重要な選択肢です。
もちろん、薬にはそれぞれ利点と副作用があります。どの治療が合うかは、診断、年齢、体質、生活状況、併用薬によって変わります。
ベンゾジアゼピン系薬は「悪い薬」なのでしょうか
私は、ベンゾジアゼピン系薬を単純に「悪い薬」とは考えていません。
強い不安で食事も取れないとき、パニック発作が続いて外出できないとき、眠れない夜が何日も続いて心身が限界に近いとき、短期間の使用で救われる方は確かにいます。
問題は、必要な時期を過ぎても、見直されないまま何年も続いてしまうことです。
薬を始めるときには、「何のために飲むのか」「どれくらいの期間を想定するのか」「いつ見直すのか」を確認しておくことが大切です。そして、長く飲んでいる場合には、今の自分にとって本当に必要か、量を減らせる可能性があるか、別の治療に置き換えられるかを、主治医と一緒に考えていく必要があります。
診察室でよくある架空の症例
70代のAさんは、夫を亡くしたあとから眠れなくなり、睡眠薬を飲み始めました。最初はよく眠れるようになり、「この薬があるから安心」と感じていました。
しかし数年たつうちに、朝のぼんやり感が強くなり、買い物で同じものを何度も買ってしまうことが増えました。家族からは「物忘れが進んだのでは」と心配されました。
診察では、認知症の評価と同時に、睡眠薬の影響、睡眠リズム、日中活動、抑うつ、不安、飲酒、ほかの薬との相互作用を確認しました。主治医と相談しながら睡眠薬を少しずつ減らし、起床時刻を固定し、昼間の活動量を増やし、不眠に対する考え方も一緒に見直していきました。
数か月後、Aさんは「夜はまだ完璧に眠れるわけではないけれど、朝のぼんやり感が減りました」と話されました。物忘れがすべて薬のせいだったわけではありません。それでも、薬の影響を見直すことで、生活の質が改善することはあります。
まとめ:大切なのは「怖がりすぎず、放置しない」ことです
ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬と認知症リスクについては、長期使用との関連を示す研究があります。一方で、不眠や不安が認知症の初期症状として現れていた可能性もあり、薬が直接の原因だと断定することはできません。
ただし、高齢者では認知機能低下、せん妄、転倒、骨折などのリスクが高まるため、漫然とした長期使用は避けるべきです。
今飲んでいる方に伝えたいのは、「急にやめないでください」ということです。不安になったら、自己判断で中止するのではなく、主治医に相談してください。薬を続けるにしても、減らすにしても、別の治療に切り替えるにしても、安全に進めることが何より大切です。
ベンゾジアゼピン系薬は、使い方によって助けにもなり、負担にもなります。認知症リスクを心配するなら、薬を敵にするのではなく、「今の自分に合った使い方になっているか」を定期的に見直すことから始めてみてください。
※本記事に登場する症例は、これまでの診療経験をもとに、記事執筆のために再構成した架空の症例です。特定の個人を描写したものではありません。
参考文献
[1] Billioti de Gage S, et al. Benzodiazepine use and risk of dementia: prospective population based study. BMJ. 2012;345:e6231.
[2] Billioti de Gage S, et al. Benzodiazepine use and risk of Alzheimer’s disease: case-control study. BMJ. 2014;349:g5205.
[3] Zhong G, et al. Benzodiazepine use and risk of dementia: a meta-analysis. PLOS ONE. 2015;10(5):e0127836.
[4] Gray SL, et al. Benzodiazepine use and risk of incident dementia or cognitive decline: prospective population based study. BMJ. 2016;352:i90.
[5] Tapiainen V, et al. The risk of Alzheimer’s disease associated with benzodiazepines and related drugs: a nested case-control study. Acta Psychiatrica Scandinavica. 2018;138(2):91-100.
[6] American Geriatrics Society. American Geriatrics Society 2023 updated AGS Beers Criteria® for potentially inappropriate medication use in older adults. Journal of the American Geriatrics Society. 2023;71(7):2052-2081.
[7] Pottie K, et al. Deprescribing benzodiazepine receptor agonists: Evidence-based clinical practice guideline. Canadian Family Physician. 2018;64(5):339-351.
[8] Qaseem A, et al. Management of Chronic Insomnia Disorder in Adults: A Clinical Practice Guideline From the American College of Physicians. Annals of Internal Medicine. 2016;165(2):125-133.
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