体調不良のときは、無理せずクリニックや病院を受診してくださいね
t セラピーナビ 心とからだを、やさしく
セルフケア

見返りを求めない利他は幸せを高める?メンタルヘルスへの効果を心療内科医が解説

心療内科医カズ 心療内科医カズ
公開:2026.08.03 18分で読める

誰かに席を譲る、困っている人に声をかける、家族の話を少し丁寧に聞く。

こうした「見返りを求めない親切」は、相手を助けるだけの行為に見えるかもしれません。しかし、利他的な行動は、行った本人の幸福感や生きがい、人とのつながりにも影響する可能性があります。

一方で、人のために無理を重ね、自分の心身をすり減らすことは、健やかな利他とはいえません。

心療内科医の立場から結論を申し上げると、自分で選び、無理のない範囲で行う小さな利他行動には、幸福感や心理的な充実感をわずかに高める可能性があります。ただし、うつ病や不安障害などを治す治療ではなく、自己犠牲とも区別する必要があります。

「利他」と「向社会的行動」は少し違います

利他とは、一般的には自分の利益よりも、相手や社会の利益を考えて行動することです。

心理学研究では、「利他」そのものだけでなく、親切、寄付、協力、共有、ボランティアなどをまとめて「向社会的行動」と呼ぶことがあります。

向社会的行動は、結果として他者の役に立つ行動です。一方、利他という言葉には「何のために行ったのか」という動機も含まれます。

たとえば、同じ寄付でも「困っている人を助けたい」という気持ちから行う場合と、「周囲から評価されたい」という気持ちから行う場合があります。行動は同じでも、動機は異なります。

研究によって利他や向社会的行動の定義は統一されていないため、「完全に見返りを求めない利他」だけの効果を切り分けることは簡単ではありません。[1]

したがって本記事では、親切、助け合い、ボランティアなど、他者の利益を意図した幅広い行動を利他行動として扱います。

利他行動は幸福感を高めるのか

結論としては、利他行動と幸福感には、小さいながらも全体として肯定的な関連が認められています。

2020年に発表されたメタ解析では、201件の研究、合計19万8,213人のデータが検討されました。その結果、向社会性とウェルビーイングの間には、小さいものの統計的に有意な関連が示されました。

とくに、単に「楽しい」「気分がよい」という一時的な幸福感よりも、「自分らしく生きている」「人生に意味がある」といった心理的な充実との関連が比較的強く認められています。また、組織的な活動よりも、日常の中で行う非公式な手助けのほうが、幸福感との関連が強い傾向も報告されています。[2]

親切行動の効果を調べた別のメタ解析では、27件の研究、合計4,045人のデータが検討されました。親切を行った人の主観的幸福感には、小から中程度の改善が認められています。[3]

ただし、これは「親切をすれば必ず幸せになれる」という意味ではありません。平均すると小さな好影響が認められるという結果であり、効果の感じ方には個人差があります。

自分へのご褒美より、人への親切が心を満たすこともあります

2016年の研究では、473人が6週間にわたり、他者への親切、自分への親切、日常的な行動などを行うグループに分けられました。

他者や社会のための行動をしたグループでは、自分のための行動をしたグループや対照グループと比較して、心理的な充実感が高まりました。背景には、ポジティブな感情の増加とネガティブな感情の減少があると考察されています。[4]

疲れたときには、好きなものを食べる、買い物をする、休暇を取るなど、自分をいたわることも大切です。

そのうえで、誰かに短いお礼のメッセージを送る、家族の負担を一つ引き受けるといった小さな親切が、自分へのご褒美とは異なる種類の充実感を与えることがあります。

自分へのケアと他者へのケアは、どちらか一方を選ぶものではありません。両方を無理なく生活に取り入れることが大切です。

なぜ利他行動が心によい影響を与えるのか

利他行動がメンタルヘルスや幸福感に影響する仕組みとして、いくつかの可能性が考えられます。

人とのつながりを感じやすくなる

人は孤立していると、「自分は誰からも必要とされていない」「社会との接点がない」と感じやすくなります。

小さな親切でも、人との間に短い交流が生まれます。「ありがとう」という言葉がなくても、自分が誰かや社会とつながっている感覚を持ちやすくなります。

自分にもできることがあると実感できる

心が疲れているときには、自分の欠点や失敗ばかりに注意が向きがちです。

誰かの役に立てた経験は、「自分にもできることがある」「自分の行動には意味がある」という感覚につながることがあります。

これは大きな社会貢献である必要はありません。ドアを押さえる、道を教える、感謝を言葉にするといった小さな行動でも構いません。

自分の価値観に沿って生きられる

人を大切にしたい、困っている人を放っておきたくないという価値観を持っている人にとって、利他行動は自分らしい生き方の実践になります。

自分の価値観と行動が一致すると、単なる楽しさとは異なる「納得感」や「人生の意味」を感じやすくなります。

悩みへの過度な集中から離れられる

不安や落ち込みが強いときには、自分の問題を繰り返し考え続けることがあります。

他者のために小さく行動すると、注意が一時的に自分の内側から外側へ移ります。その結果、悩みとの距離を少し取れる場合があります。

ただし、つらい感情を見ないために他人の世話へ没頭することは、問題の先送りになる可能性があります。利他行動は感情を消す手段ではなく、生活に新しい視点を加える方法として考えることが大切です。

大切なのは「自分で選んだ親切」であること

利他行動の効果を考えるうえで重要なのが、自発性です。

「自分がそうしたいから助ける」という自律的な動機による援助は、援助する側と受ける側の双方に、よりよい心理的影響をもたらす可能性があります。

一方で、「断ったら嫌われる」「良い人だと思われなければならない」「助けない自分には価値がない」といった圧力による援助では、同じ効果を得られないことがあります。[5]

見返りを求めないということは、自分の気持ちを無視することではありません。

親切をして自分もうれしくなったとしても、それは利己的だからではありません。他者の喜びと自分の喜びが同時に存在してもよいのです。

研究結果には慎重な解釈も必要です

利他行動の効果について、すべての研究が肯定的な結果を示しているわけではありません。

2022年に発表された大規模な事前登録試験では、参加者に3週間、親切行動、自分が楽しめる行動、普段の行動の記録を行ってもらいました。

事前に定められた主要解析では、抑うつ、不安、幸福感、人生の価値の感じ方について、グループ間に明確な有意差は確認されませんでした。一部の追加解析では小さな好影響が示唆されましたが、研究者はさらなる検証が必要だとしています。[6]

利他行動の効果は、行動の種類、頻度、相手との関係、本人の動機、測定する時期などによって変わる可能性があります。

このため、利他行動を「誰にでも効くメンタルヘルス改善法」として処方するのは適切ではありません。

ボランティア活動にも心身へのメリットはあるのか

ボランティアに関する複数のレビューをまとめたアンブレラレビューでは、ボランティア活動が社会的、精神的、身体的な健康やウェルビーイングと関連することが報告されています。

一方で、研究方法や参加者、活動内容の違いが大きく、因果関係については慎重な判断が必要です。[7]

ボランティアを始める場合は、目的への共感だけでなく、時間、移動、責任の重さ、人間関係なども確認しましょう。

最初から長期間の約束をするのではなく、単発や短時間の活動から試す方法もあります。

利他と自己犠牲は違います

「自分が我慢すれば丸く収まる」と考え、いつも他人を優先していないでしょうか。

健やかな利他には、自分の体力、時間、生活を守る境界線があります。

一方、自己犠牲的な援助では、断ることへの強い罪悪感、相手の問題への過剰な責任感、休むことへの抵抗などが生じやすくなります。

とくに医療、介護、福祉など、他者の苦痛に継続的に接する立場では、精神的な消耗やバーンアウトなどが問題となることがあります。[8]

次のような状態が続く場合は、親切の量を増やすのではなく、いったん負担を減らすことが必要です。

人を助けたあとに強い怒りや虚しさが残る、頼まれると断れない、睡眠や食事を削ってまで対応する、相手の機嫌に自分の心が大きく左右されるといった状態です。

「今日はできません」と伝えることは、冷たさではありません。長く人を大切にするためのセルフケアです。

メンタルヘルスを守りながら利他を実践する方法

まずは、お金や長い時間を必要としない、小さな行動を選びましょう。

家族に「ありがとう」と伝える、同僚のよい仕事を言葉にする、落とし物を届ける、共有スペースを少し整える、SNSで役立つ情報を穏やかに共有するといった行動で十分です。

次に、自分で選んでいるかを確認します。「本当は断りたいのに、嫌われるのが怖くて引き受けている」という場合は、利他よりも不安に動かされている可能性があります。

また、相手の反応を成果にしないことも大切です。感謝や評価がなかったとしても、「自分が大切にしたい行動を選べた」と考えてみましょう。

そして、親切の後には自分の状態を振り返ります。穏やかな充実感が残るのか、疲労や怒りが強くなるのかを観察すると、自分に合った利他の形がわかってきます。

よくある質問

利他行動でうつ病や不安障害は治りますか

利他行動だけで、うつ病や不安障害が治るとはいえません。

睡眠、休養、環境調整、心理療法、薬物療法など、必要な治療を受けることが優先です。利他行動は、体調が許す場合に生活へ加えられる、補助的なセルフケアの一つと考えてください。

自分が幸せになりたいと思って親切にするのは偽善ですか

自分にもよい影響があると知ったうえで親切にしても、それだけで偽善になるわけではありません。

ただし、自分の評価を高めるために相手の希望を無視したり、親切を押しつけたりする場合は注意が必要です。相手の意思や尊厳を尊重できているかを確認しましょう。

感謝されないと腹が立ちます

感謝されたいと思うことは、自然な感情です。

大切なのは、その期待を否定することではなく、「感謝がないと自分の価値まで否定されたように感じる」「相手を責め続けてしまう」といった状態になっていないかを確認することです。

期待が大きくなりすぎる場合は、行動の量を減らし、無理のない範囲に戻しましょう。

心がつらいときにも人を助けたほうがよいですか

自分の心身に余裕がないときには、まず自分を守ることが優先です。

食事、睡眠、通院、休息などを後回しにしてまで利他行動を行う必要はありません。自分をケアすることも、将来にわたって他者と関わるために必要な行動です。

まとめ

見返りを求めない利他行動は、幸福感、人とのつながり、生きがい、自分にもできるという感覚を支える可能性があります。

ただし、その効果は平均すると小さく、すべての人に同じように現れるわけではありません。

心によい利他の条件は、「自分で選べる」「無理がない」「断ることもできる」の三つです。

誰かを助けるために、自分を傷つける必要はありません。

まずは今日、無理なくできる小さな親切を一つ選んでみてください。そして、その親切を受け取る人の中に、自分自身も含めておきましょう。

強い落ち込みや不安、疲労、生活への支障が続いている場合は、利他行動だけで改善しようとせず、心療内科、精神科、かかりつけ医などに相談してください。

参考文献

[1] Pfattheicher S, Nielsen YA, Thielmann I. Prosocial behavior and altruism: A review of concepts and definitions. Current Opinion in Psychology. 2022;44:124-129.
URL:https://doi.org/10.1016/j.copsyc.2021.08.021

[2] Hui BPH, Ng JCK, Berzaghi E, Cunningham-Amos LA, Kogan A. Rewards of kindness? A meta-analysis of the link between prosociality and well-being. Psychological Bulletin. 2020;146(12):1084-1116.
URL:https://doi.org/10.1037/bul0000298

[3] Curry OS, Rowland LA, Van Lissa CJ, Zlotowitz S, McAlaney J, Whitehouse H. Happy to help? A systematic review and meta-analysis of the effects of performing acts of kindness on the well-being of the actor. Journal of Experimental Social Psychology. 2018;76:320-329.
URL:https://doi.org/10.1016/j.jesp.2018.02.014

[4] Nelson SK, Layous K, Cole SW, Lyubomirsky S. Do unto others or treat yourself? The effects of prosocial and self-focused behavior on psychological flourishing. Emotion. 2016;16(6):850-861.
URL:https://doi.org/10.1037/emo0000178

[5] Weinstein N, Ryan RM. When helping helps: Autonomous motivation for prosocial behavior and its influence on well-being for the helper and recipient. Journal of Personality and Social Psychology. 2010;98(2):222-244.
URL:https://doi.org/10.1037/a0016984

[6] Miles A, Andiappan M, Upenieks L, Orfanidis C. Using prosocial behavior to safeguard mental health and foster emotional well-being during the COVID-19 pandemic: A registered report of a randomized trial. PLOS ONE. 2022;17(7):e0272152.
URL:https://doi.org/10.1371/journal.pone.0272152

[7] Nichol B, Wilson R, Rodrigues A, Haighton C. Exploring the Effects of Volunteering on the Social, Mental, and Physical Health and Well-being of Volunteers: An Umbrella Review. VOLUNTAS. 2024;35:97-128.
URL:https://doi.org/10.1007/s11266-023-00573-z

[8] Noor AM, Suryana D, Kamarudin EME, et al. Compassion fatigue in helping professions: a scoping literature review. BMC Psychology. 2025;13:349.
URL:https://doi.org/10.1186/s40359-024-01869-5

Sponsored

心療内科医カズ

— この記事を書いた人

心療内科医 カズ

総合内科専門医・心療内科専門医。20年以上の臨床と研究の経験から、心とからだの実践知をやさしく綴ります。

プロフィールをくわしく